3年くらい前に目黒雅叙園に行った時、宮殿の叔母が買ってくれたお雛様のコースター。
一日遅れで飾ってみた、というかパソコンのモニターに立てかけてみた。
私は小さい頃からこういう女子らしい行事にほとんど興味がなかった。
子供の頃のひな祭りは(田舎だったし)家にある人形を適当に飾るのが毎年のことだった。
立派なひな壇のお雛様一式を飾ってる家もあったけど、
それを見ても特にうらやましい、欲しいと思ったことは一度もなく(今も)過ごしてきた。
それが、母が70歳を過ぎた頃、突然「お雛様欲しくない?買ってあげるから」と聞いてきたが、
別に欲しくはなかったのでいらないと返事した。
実は母が欲しいのであって、でもその歳で今さらというのがあって、私が欲しいと言ったから買ってあげた、みたいな口実にしたかったのだろう。
欲しかったら買えばいいじゃん、と言ったら、子供の頃からずっと欲しかったんだと言ってガッツリでかい(何段飾りだかわからないけど)フルメンバーのお雛様を買った(笑)
時代もだけど、母の実家は貧しい農家だったからお雛様を買う生活の余裕はなかった。大人になって家庭を持ち子育てに追われ、やっと時間にもお金にもちょっと余裕が出来た時にはもうお婆さんになっていた。
でもやっぱりお雛様が欲しい!となったのだろう。
一度その飾ったお雛様の片づけを手伝ったことがあるけど、かなり手間だね。私はやっぱりいらない、と思った(笑)
私も子供の頃、欲しくても買ってもらえなかった物はあったと思う。でも、みんなが持ってるようなものは買ってもらっていた。不自由な思いはさせたくないという親心で。
だから今になって母のように切実に「欲しい」と思う物は浮かばない。
たぶん母が子供の頃は、自分専用に買ってもらった物が何ひとつなくて、ずっとその渇望がお婆さんになっても続いていたのかもしれない。
ふとそんなことを思い出して昨日母にお雛様を飾ったかLINEしてみたら
ついに面倒になったのかと思ったが、たぶん父が亡くなってまだ一年経たないからだと思う。
正直なところ、このお雛様セットも残されるのか、、、、と考えると頭が痛い。
それにしても母の反応が早すぎてビックリだ。
立て掛けるだけのこんな簡単なお雛様でさえ、昨日はもう足が痛くて何も出来なかった。
もし私が人並に家庭を持ち、子がいれば、母は喜んでお雛様を買ってあげただろうし、母の気持ちも満たされたのかもしれないと思うとちょっと切なくなった。