出だしから暗い話になってしまうけど(しかも長いよ)
昨日外出していた時、母から着信があって何事かとかけ直したら、叔父が亡くなった知らせがあったとのことだった。
私には東京に母方に一人、父方に三人叔母がいる。
その父方の叔母の連れ合いが亡くなったのだ。
具合が悪いとか病気だとかまったく知らなくて、葬儀を終えた翌日の昨日に叔母から突然告げられた。
叔父がここ数年入退院を繰り返していていたことや、亡くなったことすら家族以外誰にも一切知らせず、全てが終わった後、叔母にとっては実家であるウチに最初に連絡を入れたわけだ。
親戚付き合いの濃い薄いから言えば、父方の叔母たちとは疎遠だった。
東京と山形では離れているというのもあったけど、冠婚葬祭で顔を合わせるくらいで、私が上京してもそれは変わらなかった。
叔母はともかく、私はその連れ合いの叔父が苦手だった。我が強くて好きじゃなかったし、避けたい人だった。
叔父の意向で家族だけで葬儀を行い、香典等一切いらないからと言われたらしいが、私は東京に住んでいるのだから電話だけは入れておくように母から言われ、何て声をかければ良いのか重い気分で昨夜を電話を入れたよ。
電話に出た叔母の対応はきわめて事務的な口調で、疎遠な姪にはこんな感じなのかなとか思いながらも、去年父が入院後意識を失い明日死んじゃうかもとなって泣きながら電話を入れた時、それを聞いた叔父と叔母はどんな気持ちだったんだろうとか、ふと浮かんで、また泣きそうになってしまった。
叔母は宮殿の叔母が来てくれてついさっき帰ったばかりだと言っていたので、その後宮殿の叔母にも電話を入れた。
姉妹なのに宮殿の叔母も叔父が具合が悪いとか、一切知らされてなかった。
叔父は自宅で息を引き取ったらしい。コロナ禍で入院したら一切面会が出来なくなるというのもあったかもしれないけど、自宅を選んだのは叔父の強い希望だったんだと思う。苦手な叔父ではあったけれど、病気を誰にも知らせず、家族だけで完結させた意志には共感する。
◇
がんで亡くなった私の家族。病名もわからず突然の入院となりそこから約半年間、一日も帰宅できなかった。
みんな帰りたいのは「自分の家」だ。夜中に身支度を整え家に帰ろうとする患者、阻止する医師や看護師、もう普通の状態ではないから押し切ろうとする力を力で抑えるしかない。
繰り返せば最終的には拘束される。そんな光景を何度も見た。どんな所であろうと自分の家が一番なんだよ。
末期のがんで助かる見込みのない私の家族の元に毎日のように見舞いにやってくる親戚たち。私はそれがすごく嫌だった。
というか腹立たしかった。親戚たちの憐れむような視線は家族にも伝わる。激痛で夜は眠れず、交代で病院に泊まり込んでいる私と母は疲れ切っている上に親戚の対応までするのはウンザリだった。
昼になり食堂でラーメンでも食べていく?と言えばゾロゾロとついて行くのがいつものことで、いったい何しに来てるんだと言いたくなる。
付き合いの薄い親戚や遠い親戚が義理立てて見舞いに来るのも嫌だった。病気で辛いのにそんな人たちに気を使って会う必要があるのか?
人によっては見舞いに来てくれた方が気がまぎれる、寂しくないという人もいるかもしれない。でも私の家族の場合は嫌だったと思うよ。激痛で起き上がることも出来ず、モルヒネもまったく効かず、寝たきりの状態で、それを上から眺められるんだから。。。
親戚たちが本当に私たち家族を気遣う気持ちがあるのなら、週末東京と山形を往復してる私にせめて「駅まで車で送っていくよ」と誰ひとり一度も言ってくれたことがなかった。何か出来ることは?と言ってくれたこともなかった。そういう積もりに積もったイライラをつい口にした時、後で母は親戚からそうとう言われたらしい。
親戚とは言え、叔父や叔母、いとこでも、しょせん他人なんだよ。他人に何かを期待しちゃいけない。
家族が亡くなって葬儀となってからも一番悲しくて辛いのは私たち家族なのに、矢面に立たされる。どこで何をどうするか、短時間にすべて決めなくてはいけない。始まってからも弁当が足りないとか引き出物を貰ってないとか、そしてまだ終わってもいないのに、手伝ってくれたお礼で近所の人にご馳走しなきゃいけないとか、いったいこれ何のためにやってるんだろうと思った。
お寺の儀式もまったくわからない。初七日と何かもその日にやるという簡略化なのにお布施はそうはならない。肺がんで亡くなった家族にたばこの一因があるかもという話をしたにもかかわらず、その後客に一服を勧める住職(亡くなった叔父ですら、聞いた直後は吸わなかったのに、だ)の無神経さ。
仏に帰依したはずの人も、他人の死はしょせん、他人なのだ。
父が亡くなった時も、家族だけで葬儀をやることも出来たはずだ。家族以外誰も呼ばなければコロナは関係ない。でも近所や親せきと付き合いの中で生活してる母にはそれは出来なかった。まあ出来たとしても、東京の人=コロナと決めつけてる近所の目から逃れることは不可能だから、やっぱりいろいろ言われ、母の肩身を狭くするだけだったと思う。
◇
叔父の自宅での介護は家族に相当負担がかかったと思う。でも叔父は自宅で過ごしたかったのだ、それを全う出来て幸せだったと思う。
叔父を亡くして一番辛く悲しいのは家族なのだから、直後その心労に加え他人に気を使ったりせず静かに見送り出来て良かったと思う。
私たちは親戚ではあるけどしょせん他人だもの、当事者である家族が納得できる形で見送ることが出来ればそれでいい。こうしなきゃ、こうあらねばなんて気にすることはない。
お経の意味も知らず、何の儀式かもわからず、世間にならって、世間体を気にしてやるだけより、家族がやりたいようにするのがよっぽど良い。
電話で宮殿の叔母はひとしきりしゃべった後「あのね、〇ちゃん(←叔母)の家、新築して豪邸だったわよ!3階建でエレベーター付き、内装も立派でねぇ、それに比べたらウチのマンションなんて・・・」
姉妹と言えどもしょせん、他人なのよ(笑)
私も母に電話で叔父の死を聞いた後、天丼食べたからね。
姪と言えどもしょせん、他人。
叔父を亡くして一番悲しくて大変なのはその家族。しばらくの間はそっとしておいてあげよう。