突然の訃報

2023/06/07

気持ち 日常

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昨日6月6日は私にとって嫌な思い出が重なる日

直前のことで言えば、去年のその日は青信号が点滅する中急ぎ足で横断歩道を渡り、前十字じん帯を損傷した日だった。

あれから一年かあ、まさかまだ治っていないなんてその時は予想もしなかった。

だから朝いつものように出勤して今年は何も起こらなければいいなと思っていた。

午後2時を過ぎた頃、母から着信があったのに気づいた。LINEも見たら

えっ、何!!

母は数日前に突然腰が痛くなり立てない(立ち上がる時に痛い)と聞いていたので、もしや何かあったのかと驚いてすぐに電話した。

でも、何度かけても出ない。固定の電話機は詐欺予防で留守番電話になってるし、どうにもならない。

焦ってお世話になってるイトコに電話してみようかと一瞬思ったが「電話を下さい」という冷静な文面から、母がどうこうというワケじゃないだろうという気がした。

大げさにしたらヤバいなと思い、その後、何度かかけ直しやっと繋がった。


宮殿の叔母が亡くなった

いったい何があったのかとドキドキして母に聞くと、宮殿の叔母が亡くなってすでに葬儀も済ませたというハガキが届いたとのことだった。

母が何をしゃべってるのか一瞬わからなかった。

えっ、何で宮殿の叔母が亡くなったの????

コロナになってからは会ってなかったけど、その間電話ではおしゃべりしていたし、今年になってからも一、二度電話があって変わりないと思っていた。

交通事故とか??

そのハガキは宮殿の叔母の子供たち(私にとってはイトコ)の名前で出されていて携帯電話の番号が書いてあったので即電話した。


一年以上も前からそれは告知されていた

何度も何度もその番号に電話したけど繋がらない。ダメもとで宮殿の叔母の番号にかけたら呼び出し音が鳴った。もちろん出ないけどまだ解約してないんだとわかった。

約10分後、その番号から着信があり、すぐにかけ直したら、声でイトコだとすぐにわかった。

繋がったとたんもう感情があふれて「何で、、、何で死んだの?」と号泣してしまった

聞けば、宮殿の叔母は一年以上も前にガンと診断、告知を受け闘病していた。誰にも知らせず、葬儀は家族のみでというのが叔母の希望だったらしい。


たぶん私も叔母と同じようにしたと思う

叔母がこんな亡くなり方をするなんて考えもしなかった。叔母は活動的な人だった。私より健脚でお出かけして食べ歩きが好きな人だった。

何で、、、と考えても答えは出ない。いつどうなるかなんて誰にもわからないし、誰にでも起こりえることだ。

もし私が叔母だったらやっぱり同じようにしたと思う。自分のことを話して相手に負担をかけたくないし、それが広まって好ましくない人からあれこれ聞かれるのも嫌だし。

ただ、もっと叔母に電話をかけてあげれば良かったなという後悔が残る。

お出かけしようと言えば叔母は出てきただろうと思う。でも私は去年から足がこんな状態だし、それを叔母に知られたくなかったし、気分も落ちていたし電話でおしゃべりしても「じゃあ待ち合わせして会おう」とか「遊びに行くね」というひとことが言えなかった。もし会っていれば叔母は打ち明けてくれたかもしれないし、私が気づいたかもしれない。

叔母は実家に帰りたがっていた。お墓参りに行きたいと何度も言っていた。去年以降コロナも落ち着いていたし、それは可能だったけれど母の負担が大きくなることを考えると、私の足が良くなってから一緒に行った方がいい、、、、と思っていた。

まさかこんなことになるなんて予想もしていなかったから、後悔が大きい。それは母も同じだ。

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